地球平面説を信じる人の心理とは?現代に残る謎の思想を解説
「え、まさか今どき地球が平らだと思ってる人なんているの?」——そう驚く人も多いでしょう。でも実は、アメリカだけで推定200万人が地球平面説を信じているという調査結果があります。宇宙から撮影された地球の写真があるのに、なぜ?GPS、飛行機、人工衛星——球体でなければ説明できない技術に囲まれて暮らしているのに、なぜ?この記事では、地球平面説の歴史から、信じる人々の心理、そして私たちが陰謀論に惑わされないための思考法まで、わかりやすく解説していきます。
サミュエル・ロウボサム
近代地球平面説の創始者。著書『ゼテティック天文学』で地球平面論を体系化
この記事を書いていて一番背筋が寒くなったのは、「地球平面説を信じる人をバカにしている自分」も、全く同じ心理メカニズムで別の何かを信じている可能性があるということでした。30代後半、情報があふれる時代に子育てをしていると、自分の「当たり前」がどれほど偏っているかを日々痛感します。子どもには「自分の頭で考える力」を残したい。そのためにはまず親である自分が、自分の信念を疑える大人でなければならない。そう改めて思わされた記事でした。
そもそも地球平面説とは何か?意外と知らないその主張
アメリカ人の約2%、推定200万人が「地球は平らだ」と確信しているという調査結果がある。
地球平面説(フラットアース説)とは、文字通り「地球は球体ではなく平らな円盤状である」という主張です。信奉者たちの多くが描く世界像はこうです。北極を中心とした円盤状の大地があり、その周囲を南極大陸が氷の壁のように取り囲んでいる。太陽や月は地表から数千キロ上空を周回する小さな光源であり、NASAをはじめとする宇宙機関は全世界を騙す巨大な陰謀組織である——。荒唐無稽に聞こえますよね。しかし2018年にYouGovが行った調査では、アメリカ人の約2%が「地球は平らだと確信している」と回答しました。人口比で計算すると約200万人です。さらに「確信はないが平らかもしれない」と答えた人を含めると、数字はさらに膨らみます。驚くべきことに、この割合は18〜24歳の若年層で特に高く、4%に達しました。インターネットで育った世代のほうが、むしろ影響を受けやすいのです。「中世の人々は地球が平らだと信じていた」という話を聞いたことがあるかもしれませんが、これは実は誤解です。古代ギリシャの哲学者たちは紀元前4世紀頃にはすでに地球が球体であることを認識していました。アリストテレスは月食の際に地球の影が丸いことを観察し、ピタゴラス学派は幾何学的な美しさから球体説を支持しました。中世ヨーロッパの知識人たちもこの知識を継承していたのです。
地球平面説は「地球は平らな円盤で、NASAは陰謀組織」という主張。意外にも現代の若年層に信奉者が多い。
フラットアーサーたちの「証拠」
彼らがよく挙げる「証拠」には、「水平線は常に平らに見える」「遠くの建物が沈んで見えない」「飛行機が常に下向きに飛ばないのはおかしい」などがあります。これらはすべて地球の巨大さと人間の視覚の限界で説明できますが、彼らにとっては「自分の目で見た真実」なのです。
近代地球平面説の父:サミュエル・ロウボサムという男
ロウボサムの「自分の目で確かめよ」という主張は、皮肉にも確証バイアスを強化する結果となった。
現代の地球平面説を語るうえで欠かせない人物が、19世紀イギリスのサミュエル・ロウボサム(1816〜1884)です。彼は「パラレックス」というペンネームで活動し、1849年に『ゼテティック天文学』という本を出版しました。「ゼテティック」とはギリシャ語で「探求する」という意味で、彼は「権威を信じるのではなく、自分の目で確かめよ」と主張したのです。ロウボサムが有名になったきっかけは、1838年に行った「ベドフォード水準実験」でした。イギリスのベドフォード運河で約10キロにわたる水面を観測し、「もし地球が球体なら、遠くのボートは地平線の下に沈んで見えなくなるはずだ。しかし見えている。だから地球は平らだ」と結論づけたのです。実際には大気の屈折(かがみ現象)によって光が曲がるため、条件次第では遠くの物体が見えることがあります。1870年に博物学者アルフレッド・ラッセル・ウォレスが同じ運河で厳密な実験を行い、地球の曲率を証明しました。しかしロウボサムの支持者たちは結果を認めず、ウォレスに嫌がらせの手紙を送り続けました。ここに、地球平面説の本質が見えます。彼らは「証拠」を求めているのではなく、すでに結論を決めていて、それに合う情報だけを採用するのです。これを心理学では「確証バイアス」と呼びます。ロウボサムの思想は彼の死後も受け継がれ、1956年にはイギリスで「国際フラットアース協会」が設立されました。会員数は一時3,500人に達したとも言われています。
1838年の「ベドフォード水準実験」が近代地球平面説の出発点。大気屈折を考慮しない誤った結論だった。
なぜ反証されても説は消えなかったのか
1870年のウォレスによる反証実験後も、ロウボサムの支持者たちは「実験に不正があった」「科学者は嘘をついている」と主張し続けました。これは現代の陰謀論にも共通するパターンで、反証が出るたびに陰謀の範囲を拡大していくのです。
なぜ現代人が信じるのか?心理学から見る5つの要因
フラットアーサーの多くは「大衆とは違う真実を知っている自分」に誇りを感じている。
21世紀に生きる私たちが、古代ギリシャ人でさえ否定した説を信じるのはなぜでしょうか。心理学の研究からは、いくつかの興味深い要因が見えてきます。第一に「認知的閉鎖欲求」があります。人間は曖昧さを嫌い、世界を単純に説明したがる傾向があります。地球平面説は複雑な宇宙論よりもシンプルで、「NASAが嘘をついている」という一つの説明ですべてが片付くのです。第二に「独自性欲求」です。2017年にテキサス工科大学のアシュリー・ランドラム准教授が行った研究では、フラットアーサーの多くが「大衆とは違う真実を知っている自分」に誇りを感じていることがわかりました。誰もが信じる「地球は丸い」という常識に反旗を翻すことで、特別な存在になれるのです。第三に「認識論的不信」があります。政府、メディア、科学者といった「エリート」への不信感が根底にあります。2020年のケンブリッジ大学の研究では、陰謀論を信じやすい人は、既存の権威への信頼度が著しく低いことが示されました。第四に「コミュニティへの帰属意識」です。フラットアース界隈には独自の大会、YouTubeチャンネル、フォーラムがあり、強い仲間意識があります。一度コミュニティに入ると、抜け出すことは社会的孤立を意味します。第五に「直感への過度の信頼」です。「自分の目で見ると地面は平らだ」という直感は、「数学的計算によると地球は曲がっている」という抽象的知識より説得力があるように感じられます。これは人間の脳が進化の過程で、直接経験を重視するように設計されているからです。
地球平面説を信じる心理には、単純化欲求・独自性欲求・権威不信・帰属意識・直感偏重が関係している。
YouTubeアルゴリズムが果たした役割
テキサス工科大学の調査では、フラットアーサーの多くがYouTubeの「おすすめ動画」機能によって地球平面説に出会ったと報告しています。アルゴリズムは視聴時間を最大化するよう設計されており、センセーショナルな陰謀論動画は高い視聴維持率を示すのです。2015年から2019年の間に、関連動画は5億回以上再生されました。
科学 vs 信仰:地球平面説論争が教えてくれること
ドキュメンタリーで地球の曲率を証明してしまったフラットアーサーは「機材の問題」と結論づけた。
地球平面説をめぐる議論は、単なる「無知な人々の問題」ではありません。むしろ、科学と信仰、証拠と直感、専門家と一般市民の関係という、現代社会の根本的な課題を浮き彫りにしています。興味深いドキュメンタリーがあります。2018年のNetflix作品『ビハインド・ザ・カーブ』です。この映画では、フラットアーサーたちが自ら実験を行う様子が記録されています。驚くべきことに、ある実験では地球の曲率を示す結果が出てしまいました。しかし実験者たちは「機材に問題があったに違いない」と結論づけ、説を変えませんでした。これは「バックファイア効果」と呼ばれる現象です。強く信じている考えに反する証拠を見せられると、人は考えを変えるどころか、むしろ元の信念を強化してしまうのです。2010年にダートマス大学のブレンダン・ナイハン教授らが発表した研究で、この効果は科学的に確認されています。では、私たち「球体派」は正しいと胸を張れるでしょうか。正直に言えば、ほとんどの人は「地球が丸い」ことを自分で確かめたわけではありません。学校で教わり、本で読み、専門家を信じているだけです。ある意味で、フラットアーサーも私たちも、「誰を信じるか」という選択をしているのです。違いは、科学的方法論には自己修正機能があるということです。誰でも実験を再現でき、間違いがあれば修正される。この開かれた検証プロセスこそが、科学を他の信念体系と区別するものなのです。
反証されると信念が強まる「バックファイア効果」がある。科学の強みは開かれた自己修正プロセスにある。
「エラトステネスの実験」を自分でやってみる
紀元前3世紀、アレクサンドリアの学者エラトステネスは、二つの都市で同時刻の影の長さを測り、地球の周囲を約4万キロと計算しました(実際は約4万75キロ)。現代でも、離れた場所にいる友人と棒の影を測り合えば、この実験を再現できます。「信じる」のではなく「確かめる」ことが科学の本質です。
陰謀論に惑わされないための思考法:批判的思考のすすめ
陰謀論者を嘲笑することは逆効果で、むしろ信念を強化してしまう。
地球平面説は極端な例ですが、私たちは日常的に多くの誤情報にさらされています。ワクチン、気候変動、政治問題——どの分野にも陰謀論的な言説は存在します。どうすれば惑わされずにいられるでしょうか。まず「確証バイアス」に自覚的になることです。私たちは皆、自分の信じたいことを裏付ける情報を探してしまう傾向があります。意識的に反対意見を探し、なぜその人がそう考えるのか理解しようとしてみましょう。次に「情報源を確認する習慣」をつけることです。その主張は誰が言っているのか。その人の専門性は何か。査読を受けた論文か、個人のブログか。一次情報にたどり着く努力が必要です。そして「不確実性を受け入れる」ことです。科学は「絶対的な真実」を主張しません。現時点で最も証拠に支持された説明を提供するだけです。「100%確実でないなら嘘だ」という考え方は、逆説的に、単純な嘘を信じやすくします。最後に、「相手を馬鹿にしない」ことが大切です。2019年のハーバード大学の研究では、陰謀論者を嘲笑することは逆効果で、むしろ彼らの孤立感を深め、信念を強化することがわかっています。対話の扉を閉ざさず、なぜそう考えるに至ったのか、共感的に聞く姿勢が重要です。皮肉なことに、ロウボサムが唱えた「権威を鵜呑みにせず自分で考えよ」という姿勢は、正しく使えば科学リテラシーの核心でもあるのです。問題は、その「考える」プロセスにおいて、厳密な方法論を使うかどうかなのです。
確証バイアスへの自覚、情報源の確認、不確実性の受容、そして共感的対話が陰謀論対策の鍵。
「イノキュレーション理論」という希望
ケンブリッジ大学のサンダー・ファン・デル・リンデン教授は「心理的ワクチン」の研究で知られています。誤情報に接する前に、その手口を学んでおくと耐性ができるという理論です。彼のチームが開発したゲーム『Bad News』は、プレイヤーに偽ニュースを作らせることで、誤情報への免疫をつける試みとして注目されています。
まとめ
地球平面説は、私たちに不快な鏡を突きつけます。なぜ人は証拠を無視するのか。なぜコミュニティのために真実を犠牲にするのか。しかしそれは「彼ら」だけの問題ではありません。私たちも日々、バイアスと戦い、情報を取捨選択しています。重要なのは「何を信じるか」ではなく「どう考えるか」です。今日から一つだけ実践してみてください——自分と反対の意見を一つ、真剣に読んでみること。それが批判的思考の第一歩です。
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「地球は平らだ」——2024年の今、これを本気で信じてる人がアメリカに200万人いるって知ってました?バカにするのは簡単。でも彼らが使う心理テクニック、実はあなたも毎日引っかかってるんです。今日は地球平面説を入り口に、あなた自身の思考のクセを暴きます。
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